昭和五十七年九月九日 朝の御理解                        

 神  訓
     一,家柄人筋を改むるより、互いに人情柄を改めよ


私共が子供の時分に、流行り歌に「大きな鯉を五十銭、小さな鯉も五十銭、それではあ んまり胴欲な鯉に上下はないわいな」というような歌が。
人情というのは、私はそういうようなふうに捕らえるべきではないかと思うですね。私 は、ここで結婚のお届けがあります時に本人達はどうかとこういう。本人が気はすすみません。そんならいかんばいち、私が、ああ良かったち言う、本人がいかんと言うならいかんね。
例えば、相性が良いの悪いのという事はいらんけれども、まあ言うて悪いにしても本人 同士が心が合うておれば、ね。そこからおかげが受けられるように願うて行ったらいい。特に、また家柄とか人筋とか申します、ね。もう本当にその為にやっぱこれは洋の東西を問わずにやっぱり問題があるらしくて、その為に大変な悲劇が沢山生れております。
それを例えば教祖の生き方というか、これは私の行き方と言ってもいいでしょうが、今 申しますようにね、身分とか家柄とか人筋とかという事はないね。信心させて頂いとれば、例えばそこに人情柄というか心と心が通い合うものならば、そこからお願いをしてゆけばおかげになる、ね。
私の結婚の時には家内が大変弱くて、夏でも晒し一反巻いとかなきゃできない。いつも 足袋はもう夏でも足袋はちゃんと履いとかなきゃでけんというような事でございました。けれども神様のおかげを頂いとけば、ならあの人が大病をして寝んだという事はございませんからね。私共と結婚しまして。勿論、結婚しましてすぐおかげで晒しも巻かんで済むようになった。足袋も履かんで済むようになりました。
小倉の初代もそうでした、ね。桂先生、四神様のお口添えだったそうですが、こういう 娘がおるが貰うちゃどうかと言う。桂先生、それをまあ尋ねられた。ところが世間ではもう病みぼくろと言う程に、沢山の病気を身体に持っておる女だという事が分かった。その為に毎日沙美という村から山越えをして、毎日四神様の元に御本部に御参拝があっておった。
それで四神様が熱心な信心をされるからそれに目をつけて、桂先生にどうかとこう言わ れたわけでしょう。それで近所の者があの娘の事をね、病みぼくろという程しに色んな病気を持っておる娘だそうですち言われたらね、だから結婚するのじゃとおしゃった。
信心でおかげを受ければ楽というような意味のお伝えがあったという事でございます。 それこそ、九十才近くまで長生きのおかげ頂かれましてね、ああいう大変なお教会を二代教会長としておかげ頂かれた。
これは人情柄というよりも、神情柄で行かれたわけですね。四神様のお言葉一つでそう なさったわけ。
私も何かそういうね、その思いが強かったです。私に嫁いでくるならばね、金光様のお かげさえ頂けばといったようなものがございましたが、やっぱりおかげを頂いて今日までおかげを頂いております。
みんながすぐ家柄人柄やらを言います。釣り合うの、釣り合わんのと言います。問題は 心が釣り合うたら、それでいいのです。ですから、それを釣り合うの釣り合わんのと言うことは、いうならば神様に対しても御無礼というふうに思います、ね。
お互い、子供、孫達の結婚にでもそうですね。釣り合うとか釣り合わないと言うような ものでは、問題はおかげを頂いていきさえすればよいのです。もう本当です。その辺の事がすっきりとするという事がお道の信者だと思います。
信心は頂いておってもその教えが血肉になっていないと、やっぱりその家柄人柄やら申 します。本人達が、行こう、貰おうという気になっておっても周囲の者が反対をする。
私は今日はその人情柄という事は、まだ深い深い意味があると思うんですけれども、ま 、私がここで結婚の時お取り次ぎさして頂く、ね。見合いした、本人達の心も合うた。行こう、貰おうという事になった。そんならもう相性もなんもいらんばい、もうそれでよか。どんなに相性がいいと言うても、いうなら私共には虫が好かんち言うのがありましょうが、ね。どうもあの人は虫が合わんとか、虫が好かんとかと。そげんとなら、も、いかんち、私は言う。
虫の合うた者同士というふうに、ま、結婚はね。そういう行き方をすっきと頂けるとい う事が金光様の御信心をすきっと頂いた事であり、すきっと教えを頂いたという事になるのじゃないでしょうかね。
                              「どうぞ」